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ホンダ・トゥデイ (自動車) : ミニ英和和英辞書
ホンダ・トゥデイ (自動車)[くるま]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

自動 : [じどう]
  1. (adj-na,n) automatic 2. self-motion 
自動車 : [じどうしゃ]
 【名詞】 1. automobile 
: [どう]
 【名詞】 1. motion 2. change 3. confusion 
: [くるま]
 【名詞】 1. car 2. vehicle 3. wheel 

ホンダ・トゥデイ (自動車) : ウィキペディア日本語版
ホンダ・トゥデイ (自動車)[くるま]
トゥデイ(Today)は、本田技研工業がかつて生産、販売していた軽自動車である。
商用モデル乗用モデルがあり、商用モデルは軽ボンネットバン、乗用モデルには2ドア/4ドアセミノッチバックと3ドア/5ドアハッチバックがある。
== 初代 JW1/2/3/4/JA1/2/3型(商用モデル:1985-1998年、乗用モデル:1988-1993年,1994-1998年) ==

1985年9月10日軽ボンネットバン商用車)として発表された(発売は翌9月11日)。
丸形ヘッドランプはエンジンフードとフロントバンパーにまで食い込み、リアコンビネーションランプはリアバンパーに内に設置、またフロントワイパーはシングル式とユニークな仕様で、全体にスラント&ショートノーズデザインのスタイルが印象的な車である〔「ルノー・トゥインゴ」に影響を与えたといわれているこのデザインは社内デザインによるもので、一部で言われたピニンファリーナによるデザインという説は誤りである。〕〔カーデザイナーであるエンリコ・フミアは、ピニンファリーナ在籍時にホンダとの仕事で訪日した際に初代トゥディを大変気に入り、イタリアへ送ってトリノ市街を走り回ったと言う。さらにはフィアット社にトゥディを披露し「トゥディをコピーすれば新世代のチンクェチェントが誕生する」と提案したが、実現はしなかった。(ネコ・パブリッシング刊 Car MAGAZINE No.392より)〕。
エンジンはシリンダー水平近くにまで前傾し、デファレンシャルギアをその下に配置することによってエンジンルームの全長を抑え、広い室内空間を実現していた。同社の2代目「CR-X」よりも長い2,330 mmのホイールベースと広いトレッド(前:1,225mm・後:1,230mm)により、最小回転半径は大きかったものの、当時の軽自動車を凌駕する操縦安定性を確保していた。
M・M思想』(Man-Maximum・Mecha-Minimum)に基づき開発された〔軽商用車「ホンダ・トゥデイ」を発売 〕このレイアウトの発案者は川本信彦(後の本田技研4代目社長)であった。
エンジンは、2気筒 550 cc SOHCのEH型エンジンを搭載した。当初は、新開発の3気筒もしくは4気筒エンジンを企画していたが、ユーザーユニオン事件のため1974年(昭和49年)に撤退せざるを得なかった軽自動車市場に再参入するにあたり、これに危機感をおぼえた他社からの圧力が強く、結果的に高性能なエンジンを搭載することができなかった。また、予算も限られていたことから、アクティ用エンジンをチューンして〔点火方式は、アクティと異なりポイント式であったため、点火時期調整の煩雑さや始動性の悪さが目立った。〕搭載するに至った経緯がある〔これは、いくらもたたず既存メーカーの側から反故にされた。原因を作ったのは、因縁ある富士重工スバル)である。〕。
トランスミッションは、4速MTホンダマチックとよばれたセミオートマチックが設定された。グレードは「G」/「M」/「F」。1987年9月には、「G」をベースにした特別仕様車には5速MTも用意された。
1987年2月20日に、「m」に女性向け装備の追加や専用色を設定した限定車「ポシェット」を発売した。当初は限定車であったが、1990年のマイナーチェンジの際に通常グレードの一つとなった。
1988年2月8日に、マイナーチェンジが行なわれた。エンジンは、3気筒 550cc SOHC 12バルブE05A型が搭載され、電子燃料噴射式(PGM-FI)エンジン搭載車も設定され、NAスポーツ路線を進むことになった。ライトの形は丸目から角目になり、2代目シティの縮小版的なエクステリアデザインになった。ホンダマチックがようやく誰にでも扱いやすい3速フルATに進化した。グレードは「G」/「M」/「F」、スポーツモデルの「Ri」と「Ri-Z」(PGM-FIエンジン、MT車は5速、タコメーター装備)。オプションで電動サンルーフ(アウタースライド)も選択できた。なお、一部グレードにおいて、軽では異例の完全組み込み式のパワーウィンドウやリモコンドアミラーも設定された。また、点火方式がフルトランジスタとなった。テールランプは後にアクティのバン(2代目中・後期および3代目)に流用された。
1988年3月10日に、「ライフ」以来の乗用モデル(3ドアハッチバック)が追加された。グレードは「XG」およびPGM-FIエンジン搭載の「XTi」。しかし、のちの物品税廃止により乗用グレードの拡充を図るために「XE」、「XL」が追加される。
1990年2月23日に、軽自動車の規格変更に合わせマイナーチェンジが行なわれた。全長が100mm延ばされ、合わせてデザインも変更される。エンジンは660ccのE07A型が搭載される。さらに、リアサスペンションを新開発の独立懸架としたリアルタイム4WD車を一ヶ月遅れで追加。乗用のグレードは「シーズン」とPGM-FIエンジン搭載の「QXi」、商用は「QF」と「シーズンl」。
1991年の一部改良でトゥデイ初のパワーステアリング装着車が設定された。(ポシェットリミテッドに標準装備)
1993年1月に、乗用モデルがフルモデルチェンジして2代目となるのに合わせて、企業向けの商用バン「トゥデイ PRO」のみのラインナップになる。
1994年9月 商用ユーザーやボンバンユーザーの確保および2代目前期型の後述する原因による販売不振により、パワーウィンドウパワーステアリング・マニュアルエアコン・ボディー同色カラードバンパー・ボディー同色ドアミラー・ボディー同色ドアハンドル・ホイールキャップなどの快適設備を装備し、ボディカラーを5色に増やしてPROよりもグレードを上げる事で主にセカンドカーとして使う主婦層をターゲットにしたモデル「トゥデイ ハミング」(4ナンバー商用バン)を発売。これが2代目を上回る人気を獲得し、1998年9月に軽自動車の規格が変更される直前まで継続生産・販売された。

ファイル:Honda-Today1st.JPG|JW1型(1985年-1987年)
ファイル:Honda_Today.jpg|JA2型(1990年-1993年)
ファイル:Honda-Today1stinterior.JPG|JW1型 車内


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ホンダ・トゥデイ (自動車)」の詳細全文を読む




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